
「建物の上下階への移動を容易に行うための昇降装置」。回りくどい言い方ですが、エレベーターの定義を示した言葉なのです。
最近、死亡事故が起きたりと話題になったエレベーター。私たちの生活に浸透し、無くてはならない存在となったエレベーターとは、いったいいつ頃から使われるようになったのでしょうか。
昇降装置の起源としては、木製のドラムを人力や動物の力で回転させ、ロープを巻き付けて荷物の上げ下げを行う装置が、紀元前3世紀頃にはあったと考えられています。 また、フランスのモン・サン・ミッシェル修道院には1203年に製作された昇降装置が現存しているそうです。荷物の上げ下げ用の装置であれば、相当古くから使われたと言うことですが、人を運ぶための昇降装置となると、出現はずっと後になってからで、ましてや昇降路を設けたエレベーターは、19世紀になってからとつい最近のことなのです。 しかし、これらの装置は現代的意味でのエレベーターではなく、技術的には未熟で安全装置(落下防止装置)が付いていないものだったのです。 私たちが思うエレベーターの原型は、1850年頃アメリカ人のエリシャ・グレーブズ・オーチスによって考案された落下防止装置付きのエレベーターと考えて良いと思います。そして、オーチス以降エレベーターの落下事故は一度も起きたことが無いということが、メーカーの自慢になっていました。しかし、落下事故ではないけれど、制御の不具合のよって死亡事故が起こってしまったことに、エレベーターの安全性を信じて疑わなかった多くの人々にとって大きな衝撃となったのです。そして建築に携わる私たちも例外ではなかったのです。
建物の高層化や大型化が進めば、より高速で大容量のエレベーターが要求されてきます。現在開発が進められているものには、毎分1,000mを超える超高速エレベーターがあると聞きます。要求がある以上、メーカーの開発は留まるところを知らないようです。 高性能化が進めば同時に安全性も高められなければなりません。地震などの災害時に安全に停止する機能は、既に確立された技術として一般的に装備されていますが、現在の所災害時の避難設備としてエレベーターを利用することは出来ないのです。災害時に階段以外に上下方向の移動手段が無くなるとすれば、超高層ビルは正に陸の孤島となってしまい、耐震性能や防火性能が高いとはいえ超高層ビルのアキレス腱がエレベーターということになってしまいます。
建物の設計において、エレベーター計画は利便性、快適性、経済性の観点でバランスが重要となります。台数が少ないと待ち時間が長くなり快適性が損なわれますが、かといって台数を増やせば経済的でありません。建物の装備の中でもエレベーターは高価な設備なので、利便性を損なわない範囲で出来る限り少ない台数の計画が求められるのです。 かつて、熟練した運転手が各階に停止させていたエレベーターが自動運転化され、変化する交通需要に応えるために複数台を一括制御する群管理システムが開発されたことで、基本的には技術の完成を見たといって良いと思います。
日本最初のエレベーターは1890年に浅草の凌雲閣に設置されたもので、世界初の電動エレベーターが開発されて僅か1年後に輸入されたといいますから、日本人の新しもの好きには驚かされます。その後1955年、群管理を行う3台1群のエレベーターが大阪三和銀行に導入され、現在に至るわけです。 日本でも100年以上の歴史があるエレベーターですが、駅のホームに設置されるようになったのは最近のことで、開かずの踏切を越えるために、エレベーター付きの歩道橋を設置することになったJR線の話は記憶に新しいところです。 高齢化社会の到来に備え、建物のみならず様々な場面でエレベーターの出番が増えてきましたし、搬送機能だけでなくシースルーエレベーター等意匠上の演出も兼ねたエレベーターを使うことも多くなってきました。ガラスカーテンウォールの技術進歩によって、より透明感のある外壁が造られるようになったからですが、超高層ビルに設置されているシースルーエレベーターは相当のスリルが味わえます。 私が特に怖いと思ったのが、センチュリータワー(※)の超高速エレベーターで、かごの壁が床までガラス製のため、正にフリーフォールの感覚です。また、2011年完成予定の新東京タワー(すみだタワー)には、どのようなエレベーターが導入されるのか、興味のあるところです。
モーターや制御技術等、利用者の目に見えない場所での技術革新がエレベーターの進歩にとって不可欠であったことは疑う余地はありませんが、時代が過ぎても基本形態は変わっていません。 そこにあるのが当たり前に思われているエレベーターは、今後様々な場面でその必要性が高まるものと考えられます。斜行や垂直横行等の特殊エレベーターも一般的になるかもしれません。しかし、エレベーターは遊園地のアトラクションではないのですから、スリルや驚きよりも利便性と安全性が今以上に確保されることを願わずにはいられません。そして、技術論だけではなく、利用者側のマナーや慣例等と合わせて確立される安全性が求められる性能だと思います。 ユニバーサルデザインが当たり前の時代ですから、待ち時間が短くて、速ければ良いという考え方では駄目で、分かり易くて、使い易いエレベーターが必要なのです。
※:水道橋とお茶の水の中間、外堀通り沿いにある超高層ビル。ノーマンフォスターの設計で1991年竣工。

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